木曽駒ヶ岳(2956m)・・・百名山・信州百名山
宝 剣 岳(2931m)・・・花の百名山

・地元の伊那地方では木曽駒ケ岳を「西駒ケ岳」、甲斐駒ケ岳を「東駒ケ岳」と呼ぶ。
・駒ケ岳ロープウェイを使えばわずか8分で2636mの千畳敷まで運びあげてくれる。
・せめて下りは自分の足でと標高差1700mを降りる。翌日はもちろん筋肉痛に襲われた。
・新田次郎の実話小説「聖職の碑」の現地を是非見たいとこのコースを選んだ。

【山 域】 中央アルプス
【日 程】 2001/09/22-23
【交 通】 高速バス(新宿〜駒ヶ根線)
【入山地】 千畳敷(駒ヶ岳ロープウェイ山上駅下車)
【コース】1日目 千畳敷14:00−乗越浄土15:10−15:15宝剣山荘(チェックイン)15:45−宝剣岳16:00−宝剣山荘16:10(ピストン)

2日目

宝剣山荘6:15−6:30中岳6:35ー7:00木曽駒ケ岳7:10−八合目8:25−8:50遭難記念碑9:00−西駒山荘9:15−行者岩分岐9:40
七合目9:50−10:25六合目10:55−信大ルート分岐11:20−大樽小屋11:25−野田場(水場)12:00−ぶどうの泉12:35−桂小場12:50        
 

新宿発7:00駒ヶ根行きのバスに乗り込む。

回数券4枚を使って二人分で往復13500円。

寝ているうちに運んでくれるらくちんアプローチ。

連休の高速道路渋滞は必至。

案の定往きの中央高速は八王子まで大渋滞。

1時間半遅れて駒ヶ根のバスターミナルに着く。

ターミナルから少し歩いて駒ヶ根駅から出るバスに乗り継ぐ。

行き先は「しらび平」行き。駒ヶ根ロープウェイの山ろく駅だ。

ここでは1時間から2時間待ちを覚悟していたけれど、

なんと、ほとんど待たずに乗れた。

それにしても男駅員の発券の要領が悪いこと、おそまつ。

黒部アルペンルートの発券嬢の手際のよさをを見習いたまえ。

観光写真でお馴染みの景色

「千畳敷カール」が目の前にある。

ここで昼食。駒ヶ根名物の

「ソースカツドン」は食べておかねば。

身支度を整えて乗越浄土方向を指差す。

午前中に登った観光客と行き交いながら登りはじめる。

針金で組んだ蛇籠に石を詰め、道が整備されてる。

だいぶ上まで来ました。喘ぎ喘ぎ、抜かれっぱなしです。

1時間10分後乗越浄土にたどり着く。

すぐそこに今夜の宿「宝剣山荘」。まずはチェックイン。

あれあれ、ここの受け付けのあんちゃんも要領悪いヨ。

でも小部屋をあてがってくれたから許してあげる。

 まだ日は高い。山荘裏に聳える宝剣岳に登っておこう。 

「あら!テッペンの岩の上に人が立ってる!」

「俺モ、行って登る!」張り切り、勇んで向かう。

近づいて見上げる宝剣岳。

切り立つ登攀路。

「ゲッツ!厳しいね、これは。」

   遠目には簡単そうに見えたのに・・・。   

「お前、登れる?」

上から心配気に声を掛ける亭主。

それにしても空の青さよ。

宝剣岳の山頂(2931m)テッペンの岩を背景に。

この上に立つなんて信じられない。


 天狗岩

宝剣岳のピーク。槍が見え出し、穂高・御岳さんも見える。

テッペンの岩の上に立つつもりが、足がすくんでよじ登れも出来ず。

カミさんも遅れて山頂へ。空木岳をバックに記念撮影しようとすると・・。

「バック(背景)がいいねェ、バックの空木岳が。」と、

山頂にいた3人組の高年の紳士の一人から声がかかる。

 「いいのはバックだけですか?。あのモデルは・・」と混ぜ返す亭主。 

「・・!。いい、イイ。モデルさんもいい!」と皆で大笑い。

お詫びに「宝剣岳のマドンナ」とあだなを頂戴したカミさんはご満悦。


左の写真は「天狗岩」、「天狗は天狗でも「カラス天狗」に似ているネ。」

【2日目】

朝の虹色の光が東の空からやって来る。

朝の5時すぎ。宝剣山荘も目覚める。

気温は氷点下。

 うす茜の空に、富士が頭を見せる。 

この日、富士山に初雪が降った。

「今日はいい天気だゾ。」

さあ出発(6:15)

伊那方面にたなびく雲海。

 中央が八ケ岳の蓼科山、その左奥に見えるのは浅間。

今日のコースは駒ケ岳ロープウェイができるまでは

メインルートだった由緒ある登山路を逆に辿る。

木曽駒ケ岳山頂から下り約6時間の長丁場だ。

「ほな、ボチボチ行こか」「ウン」

木曽駒へはまず中岳を越えていく。「左巻き道。危険」

山荘から15分の登りで中岳(2925m)

木曽の御岳さんが魁偉な山容を見せる。

 「まあ、立派なお山!」カミさんいたくお気に入り。 

アホと煙はなんとやら・・・。

またぞろ高いところに登りたがる亭主。

もう一段登ればよいのに。恐くって登れない。

標高2956mの木曽駒山頂(7:00)には祠が二つ。

 ひとつは木曽方面からの登りに面し、一方は伊那からの登山路に対している。

360度の眺望。槍・穂高・笠ヶ岳・乗鞍が北に。

木曽の御岳さんを見て回れ右をすると、

甲斐駒、千丈。その奥に、北岳から間の岳への稜線が一望。

今日は三連休の中日、どの山頂も幸せな登山者で溢れていることだろう・・。

「それにしてもイイ天気だナ。」 「うーん、モーっ、最高っ!」

先は長い、山頂をあとに

 宝剣岳、中岳、宝剣山荘に別れを告げる。 

見晴るかす馬の背の稜線。

今からあれをたどるのだ。

右眼下にほとんど干上がった「濃が池」

人が一人歩いているのが見える。

ハイマツ帯を下る。山頂はずいぶん遠くなった。

山は秋の風情。ナナカマドの赤い実が色映える。

白砂青松の道。将棊頭山の頂きが近づく。

将棊頭山の手前に「それ」は在った。(8:50)

新田次郎の実話小説「聖職の碑(いしぶみ)」に書かれた、麓の小学生の「遭難の記念碑」。

 「大正二年八月廿六日中箕輪尋常高等小学校長赤羽長重君修学旅行ノ為児童ヲ引率シ登山。

 翌二拾七日暴風雨ニ遭イ、終(ツイ)ニ死ス。」と読める漢文の追悼文が彫ってある。

手をついている部分に一緒になくなった10名の児童名も刻んである。

脱帽して黙祷。二人で合掌して霊を慰める。

「大正二年か。今のように詳しい台風情報などなかったんだろうナ。」

「大勢の生徒を一度に亡くした校長先生、どんな思いだったのでしょうネ。」

将棊頭山を巻くつもりもなく巻いて「西駒山荘」に着く。

あの遭難のあと、「ここに山小屋があったら死なずにすんだかも」と、

麓の村が立てたもの。今は伊那市が管理。

7月と8月のみ営業。それ以外は避難小屋として開放されている。

画面の左下がボケて何か判らないものが映っている。

「心霊写真」かも・・・。いいんだ映っていたって。

この山小屋を守る霊かもしれない。

 西駒山荘(2691m)のむこうへ回って桂小場の標識に従いまた下る。 

正面が「行者岩」。木曽駒山頂から下ること2時間40分経過。

今はメインルートから外れ、行き交う人も希なこのルート。

森林限界を下に抜け、「ダケカンバ」や「ミヤマハンノキ」の

生える地帯をさらに下ると「シラビ」の樹林帯に入る。

「大樽小屋で昼メシにしょう」 「あなたの予想であとどのくらい?」

「あと20分かな。」間違えるとカミさんが恐いから、腹積もり15分を

  5分さば読んで答えておく。ところが15分たっても小屋が見えない。  

「・・やばいナァ・・」内心ビクビク。 すると、うまい具合に

六合目標識とベンチが・・。「ここでメシ!」うまくかわした。  

レトルトのおかゆ・梨・フルーツの缶詰・紅茶など支離滅裂の昼食。

昼食場所からまだ30分も下ったところにようやくあった「大樽小屋」

ここまで昼飯をガマンさせたら、ナント言って罵倒されたことか。

この小屋も避難小屋として開放されている。

左は大樽小屋手前15分のところにあった分岐。

信大ルートは「信州大学の演習林」の中を行くコース。

かなり整備されていると聞く。

われわれは由緒ある「桂小場ルート」を躊躇せず選択。

11:40「落雷碑」を通過。

ここでも昭和50年中学生の遭難が。

「野田場」といわれる水場。(12:10)

汗にまみれた顔をゴシゴシ洗う。

200mから300m毎に折り返す

長いつづら折れの道を緩やかに下る。

「あとどのくらい?」 「・・・!」答えず。

つづら折れの道がようやく谷底へ合流したところに「ぶどうの泉」の標識。

山肌の岩の間から水が湧き出す場所。中央アルプス屈指の良水とある。

「私の勘ではもうすぐだから、休んでないでいきましょっ!」

せっつかれて、一度おろしたザックをまた担ぎなおす亭主。

泉から15分、「桂小場」の登山口の駐車場にたどり着く。山頂から約6時間経過。

「さて、ここからどうするかダ。タクシー会社に携帯がかかるやってみてヨ。」

感度アンテナがかすかに1本立つ場所をカミさんが見つけて、タクシーを呼べた。

つばめタクシー(0265−72−3111)親切な運転手さんが来てくれる。伊那まで3500円ちょっとでした。

中央高速はまたも笹子トンネルから八王子まで渋滞。寝ているうちに1時間遅れて新宿に到着。