大菩薩嶺(2057m)・・・百名山・山梨百名山
・「大菩薩峠は江戸を西に距る三十里、甲州裏街道が甲斐の国東山梨郡萩原村に入って、 その最も高く最も険しきところ、・・」中里介山の小説「大菩薩峠」はこうして始まる。 ・峠に立つと上日川ダムの向こうに大きな富士が浮かぶ。ここは山梨屈指の富士のビューポイント。 ・山梨百名山では「富士山」「三つ峠」に続いて3位の人気を誇る、ポピュラーな山。
吾が残日隊登頂2座目の百名山に当る大菩薩嶺だが
残念ながら記録がない。そこであらためて再登頂をもくろんだ。
川口を4:30出発、首都高〜中央道をスイスイ乗りついで、
大月ICで国道20号に入り、笹子トンネルを抜け1つ目の信号を右へ。
あとは「大菩薩峠」の道標に導かれて上日川峠に向かう。
6:45上日川峠着。ここにロッヂ長兵衛荘あり。
身支度、トイレを済ませて福ちゃん荘へと向かう。
舗装した道と登山道の2本、どちらででも行ける。福ちゃん荘まで25分。
今日は登山道をとる。ゆるやかに登っていく。
ここでまた「トイレ!」カミさんの待機命令がとぶ。
ここで道は岐かれる。
昔ここに大きなカラマツがあったので「唐松尾根」と名がついたそうな。
ところでカラマツは「唐松」と書くのか「落葉松」と書くのか?わからん。
30分ほど登ると木々がまばらになって
雷岩が見えてくる。
4月の太陽が顔をみせ、いつものように・・・
ゾンビのカミさんはへたり出す。
「今日は荷物もってやんない!」
「ホラ、霜柱だってまだガンバッてるんだから」
ふくれっ面がよけい膨れる。
森林帯を抜けると一面の笹原。
雷岩直下の急坂を登る。
コースタイムを15分オーバーして雷岩に着く。
昔、神部神社の奥社が岩の上に安置され
「神成岩」と呼ばれたがいつしか「雷岩」と呼び変わった。
ここから大菩薩峠側への中間点に「神部岩」というのもある。
雷岩から片道10分の大菩薩嶺(2057m)へピストン。
おなじみの山梨百名山の標柱が三角点の隣りに。
「やはり2度目は感動が薄いわね。達成感が無いヮ」とカミさん。
「お前ってかわいくないね。(昔からずーっと)」
「さあ、行こっ!どっちへ行ったらいいの?」
「出発の時に地図見せて、今日のコース教えたろ!」
「自慢じゃないけど、わたし地図読めないの。無駄よ。」
風が強くなってきて、ウィンドブレーカーを着込む。
日差しは強いが、体感温度はかなり低い。
「食事場所は賽の河原(旧峠)にある小屋にしよう。
風が強くてガスストーブが消える」と亭主。
小屋の中の温度計は 6度を示していた。
小屋内「禁煙」。外で食後の一服。
甲斐国志に大菩薩峠越しの道を
「上下八里、人戸絶えて無し、甚だ険難ナリ」と書いてあるそうだ。
「ここが昔の峠か。机龍之介が通ったんだなぁ」
「なによ、そのナントカ龍之介って」
「中里介山と言う人が書いた大菩薩峠という小説の主人公」
「着流しでこの峠に登ってくるんだよ。ちょっと考えられないねぇ」
話しているうちに大菩薩峠の「介山荘」が見えてくる。
大菩薩峠お定まりの記念撮影スポットでパチリ。
介山荘のお土産を冷やかして石丸峠へ向かう。
これから先はあまり人が行かないコース。
すれちがう人もなく、日陰には残雪が氷結したまま残る。
転ばないように足許に注意してゆっくり登る。
熊沢山のピークをひだりに見て道は巻いていく。
熊沢山(写真)を下ると石丸峠。
一面の広々とした笹原。心もひろびろ洗われる。
「風も止んだし、ここで昼寝でもしていくか」と亭主。
「ダメよっ!さあ行くわよ。で、どっちへ行ったらいいの?」
「またかよ!その道標に上日川峠あっちと書いてあるだろ!」
「あっちとまでは書いてないよ。」
「それはものの例え。あっちはあっち。」とあごをしゃくる。
「あっち(上日川峠)」への道の始まり
笹原を下りきると、カラマツの林。「新緑の時はいいだろうね」
カラマツ林の下はブナなどの広葉樹の林。「あたし疲れた」
石丸峠から1時間と15分。車を置いた上日川峠が見えてくる。
最後の軽い登りが疲れた足にこたえる。もうちょっとだ。